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昨夜の報道番組で知ったが、本日は3人の日本人がノーベル物理学賞を受賞したというニュースを記録しておかなければならない。2002年化学賞受賞の田中耕一島津製作所フェロー以来6年ぶりで、湯川博士の日本人初受賞から計15人が受賞された事になる。 日本人の共同受賞は初めてで、益川・小林両先生で京都関係者は9人となるとの事。南部先生はシカゴ在住との事であるが、1978年には文化勲章も受賞されているとの事である。3人の共通性は過去にノーベル賞級の研究成果を出しておられ、今頃になって?という感想をお持ちの様である。 特に益川先生はテレビの中継インタビューでも喜びを鮮明に表現されていなかっただけに、視聴した国民に不快感を持った人もいたかも知れない。その先生が京都産業大学の理学部教授という事で親しみを持った。 勿論、京大理学部助手時代に小林先生と机を並べての研究という同じ釜の飯繋がりがあっての事で、2001年に揃って文化功労者として表彰されておられる。湯川博士との研究チームであった事から日本における素粒子論で世界をリードする理論を実証された事になる。 物理に関して理解不能の私にはテレビでの解説もピンと来ないので、どれほどの業績なのかも想像すら出来ない。しかしながら、京産大の市民講座を毎年受講していた時に、益川先生の講演を聞いたような記憶がある。それで親しみを覚えたと前述した。 事前にこの様な発表を知る由もないが、10月に入って私の予定は過去の状態を少し取り戻しつつあるようで、ブランクだったパソコンの予定表に何かと入力してある日が増えた。今週から夜ではあるが、週2回の京都大学春秋講義があり月曜日には早速出掛けた。 昼間は水曜と金曜の午前中に生涯学習センターでのゴールデン・エイジ・アカデミーの講座に9月下旬より行きだしている。本日も「学びのフォーラム」で山科へ出掛け、“アスニー山科 10周年記念講演『京の美』”と題して、京都市学校歴史博物館館長の日本画家・上村淳之先生の講演を聴講してきた。 女性初の文化勲章受章者で祖母の上村松園、同じく文化勲章受章者で父の上村松篁の作品を解説しながら、日本画とは何かを祖母・父の思い出を踏まえながら1時間半を熱く語られた。会場は補助席を出すほどの参加者であった。 帰路、山科疎水を山科から蹴上まで散策した。昼過ぎから気温が上がったので汗タラタラとなったが、晴天下で写真が撮れた事で疲れも忘れる。帰宅したのが午後3時過ぎで、メール、ブログのチェックを終えて本稿に取り掛かっている。 夕食の支度が済めば、京大春秋講義の水曜講座にキャンパスプラザへ出掛ける。本日は稲垣暢也 教授(医学研究科)の担当で、「糖尿病の早期発見−予備軍から生活習慣を−」の講義内容である。父の糖尿症状がこの数年出ているので、この関連は可能な限り聴く事にしている。食事は私が責任を持って作っているので、参考となる話は聞く事に限る。 18日(土)には京産大の市民講座がキャンパスプラザで開かれる。「医療・看護マネジメントの現状とその課題」「ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて」と題する2講座を女性教授陣が担当される。 今週末の夜は「オータムナイトコンサート」が国立近代美術館のホワイエで開催され、12日(日)にはウエスティにて「音暦」コンサートが開かれ、これにも足を向ける積りでいる。何れも芸大音楽学部のコンサートだから見逃せない。 この他にも美術館での鑑賞も加わって来る。正に文化・芸術の秋到来である。この3,4年、母の世話・介護で予定が立てられず中断されていたので、堰を切った様に予定を埋め始めたのは、その反動の様なものである。 これ等の予定がどの程度具現化するかは分からないが、私の気分的多忙は一向に減ることはない。母という重石があったから健康のバランスに留意できたのかも知れないので、この分がなくなった軽さを甘く見ると、健康面でのしっぺ返しを受ける事になりそうだ。 さて、そろそろ夕食の準備に取り掛かかるとするか。 (10月8日) |
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